desk of dusk

It's not dawn.

「紙魚はまだ死なない」を読んだ

 「紙魚はまだ死なない」とはリフロー型電子書籍化不可能小説合同誌。本書のまえがきにもあるように、電子書籍はリフロー型と固定型のレイアウトがあるのだそう。固定型はそのまま、リフロー型は端末や環境に応じて文字サイズなどを変更することができるものと。あまりこのへん詳しくないのだけれども。で、その電子書籍において便利なリフロー型に対する挑戦、というのが本書のコンセプトらしい。

 様々な方法でリフロー型にはできないであろう工夫がなされた全6編が収録されている。

 

○春霞エンタングルメント

まず初手で脳をガツンと殴られる。なるほど、リフロー型電子書籍化不可能ってこういう方向性ね。

三段の段組みで複数の登場人物の視点が行ったり来たりする。どこから読めばいいんだ、と思いつつ、わかりやすいように何回か試してみればいいやと思ってそうする。

青根温泉を舞台に決して会うことのない、意思疎通がダイレクトになされることのないやりとりをもどかしく思いながら読み進める。

よく朝起きてツイッター開くと、寝る前くらいの時間にみんながワイワイしてふぁぼられたツイートが、誰がしがいいね!しましたってサジェストされるんだけど、寝ぼけてるから8時間くらい前のツイートにエアリプしちゃったりすることがあって、漠然とそれを思い出したりしていた(例えが矮小すぎた)。切なくも愛おしい世界。

青根温泉、宮城県でも有数の温泉地で中には自称宮城県最古の企業(旅館)があるのでいいところ。

 

○しのはら荘にようこそ!

しのはら荘の4部屋それぞれを1ページ内に4面付けして別の進行をしていく。最初は1ページを同じ流れの話だと思って普通通り読み進めてあれっ?なんか違うな?となった。確かにこれは紙じゃないとできない。

共通して管理人さんが4面の物語の柱になっていて、でも各部屋でまるで違う人間のようなので読んでいて漠然とした不安に駆られて続きが気になる。かと思えばコミカルなキャラクターやアイコンがわかりやすく所々にあって、テーマパークでシリアスな展示を見せられるような不思議な感覚。

 

○中労委令36.10.16三光インテック事件(判レビ1357.82)

判例の形をした物語。高校生の頃の国語の恩師が「判例六法には人間ドラマが込められているのだ」と言っていたのを思い出す。慣れない形式で苦戦しながらも読む。人と、人なのか非人間的存在なのかは一度では理解できなかったけれども、階級が違う存在同士のトラブルで、ところどころ未来っぽい単語が出てくるんだけど、人間とわかる方はいまのイメージとあまり変わらなくて実際令和36年くらいだとまだまだこんな感じの価値観かもね、という腑に落ちる感覚があった。

あまりに読み慣れない形式だったので再読しようと思う(全編読み直すけど)。

 

○点対

混乱。一行飛ばしで読んでようやくわかった。一行ずつ交互にふたりの視点から物語が進んでいく。双子の話だと認識して読み始めたものの、だんだんと境界が曖昧になっていき、時折一部の言葉が重なる瞬間があって、もしかするとどこかで入れ替わったのでは?と何度も戻ったりした。結局いったい誰視点の話だったのか、狐につままれたような感覚。

 

○冷たく乾いた

途中まで1ページおきに視点やフォントの他、右綴じ縦書きと左綴じ横書きが交差する。いずれもきっちり1ページでキリ良く展開がまとまってるのがすごい。1ページで1章くらいのまとまりのよさ。間に挿し込まれる横書きのページも、書き方が巧妙で誘惑に抗えず前のページに戻って何かヒントがないか何回か探してしまった。まさか本をひっくり返して読まなきゃならなくなるとは。ストーリー展開も好きだった。

 

○ボーイミーツミーツ

えっ、最後の話だと思ったらいきなり巻末まで飛ばされて戻ってくるの?と困惑した。でも、これが最後じゃないと中途半端になっちゃうよね。美少女ゲーム風の展開で左ページが会話ログ、右ページがゲームの攻略wiki風になっていて、本編と注釈が同時に読めるような見やすさ。三種類の食肉から告白を受けて誰を選ぶか迫られるという、説明のしようがないシュールなストーリーで笑ってしまった。攻略wiki風の注釈も、wiki特有の適当な空気感が出ていて和む。ゲームの攻略wikiと独自用語が多いライトノベルの用語解説wikiの中間みたいな雰囲気。このめちゃくちゃなストーリーのラスボス戦まで見てみたいと思った。

 

お世辞にも良い方ではない頭なので読みきれなかった部分もあるけれども、何度読んでもいいものだから、また読みます。

普段、印刷や紙に携わる仕事をしていて、電子書籍化、電子化、ペーパーレス化といった言葉には敏感に反応してしまうもので、読む前から興味があった。

観測範囲内では電子化に対して、風合いのある紙を使ったり、特殊印刷だったり箔押しや製本などの装幀、あるいは強力なオマケをつけて「コストもかかるけどリアルな資産的価値・芸術的価値を出すことで紙の本としての価値を追求する」という方法を取るのが一般的。この流れの中でコンテンツ面から、システム的にリフロー型に限るとはいえ電子書籍化を不可能にする、という紙の本へのアプローチを見たのは初めてかもしれない。そういう意味でも非常に面白かった。

 

……仕事の話をして危うく無理になるところだった。

 

楽しい時間をありがとうございました。